意味なんかあまり無い。
意味なんて言うほどのものはないんだ。
夢の中、大島渚に怒られた。
大島渚というのは、あの映画監督の大島渚だ。
「鷹揚さが必要なんだよ!」
監督は、そう叫んで僕の書いた原稿を会議室のテーブルの上に叩き付け、その上に指先までいっぱいに広げた手を激しく重ねた。監督は口角泡を飛ばし、ブルブルと唇を震わせ、顔全体を真っ赤に紅潮させていたので、その勢いに僕は思わず身を引いた。
もしかしたら彼は別に怒っている訳ではなく、ただ単純に興奮しているだけなのかもしれなかったが、何しろ夢の中の事だし、訳の分からないうちにその夢は僕の意識の表面からぼんやりと形を失っていったため、その真意を確かめる事も、思い出す事も、かなり難しい話だと言える。
監督がテーブルの上に手を振り下ろした時の音で、僕の意識は睡眠と覚醒の間の深いまどろみに移動する。監督の言葉が何度も何度も耳の中でこだましている。
(一体どう言う意味だろう?)
僕の意識が居場所を移動した事で、僕は夢の中ではなくまどろみの中を彷徨いながら、夢の中にいる僕の背中を眺めている。そしてまどろみの中で考える。夢の中の僕は監督の勢いに気圧されて硬直したままだ。そんな僕を見かねたように、監督は背後にあったホワイトボードに大きな文字で
《鷹揚さ》
と書いた。
僕の意識はだんだんと睡眠の領域からはなれ、まどろみの中を泳ぐようになる。
そのようなすれ違いのせいで、僕と監督の間には会話というものが生まれなかった。僕はただ、大島渚と僕の背中を俯瞰しているだけだった。
僕の意識は睡眠とまどろみと覚醒の間を行ったり来たりするようになる。
僕はベッドを抜け出し、文字通り這いずってパソコンの前に辿り着き、しがみつくようにキーボードを叩く。ディスプレイがスリープ状態から覚め、暗い部屋に白い光が灯る。
僕は新規のテキストファイルを作成し、一行目に
〈鷹揚さが必要だ。〉
と打ち込み、改行して
〈大島渚〉
と入力する。
そこで僕は力尽きる。また這いずってベッドに戻り、横になる。蒲団を頭からかぶり、パソコンのディスプレイの光から目を守る。
鷹揚さのある物語ってどういうものだろう?
話の鷹揚さってどういう事だろう?
ひょっとして、もっと違う意味の事なのだろうか?
覚醒に近づいた意識がまた、深いまどろみの中に落ちてゆく。
次に目を覚ましたのは、目覚ましのアラームが部屋に鳴り響く二秒前の事で、僕の意識ははっきりと覚醒の中にあった。それが通常の目覚めなのだ。僕はいつもそのように目を覚ますのだ。
僕はずっと考えている。話の鷹揚さについて。鷹揚なストーリーについて。
言っても仕方の無い事だけど、あの夢の中、大島渚監督ともっと話が出来ていたら、と思ってしまう。鷹揚さについて分からない事を全て質問する事が出来たら、と思う。
その一方で、あれはただの夢だ。日常のストレスやら不満やらが大島渚の形をとって不可思議な形で爆発しただけなんだ、と考える僕もいる。
意味なんかあまり無い。
意味なんて言うほどのものはないんだ。
そんな風に。
好きな映画監督は? と聞かれたら、僕は他の監督の名前を挙げる。それはずっと以前からそうだったし、最近になって変わったという事も無い。だから、夢の中に大島渚が現れたのは不思議でしょうがない。
でもせっかくだから、僕は意味を考える。考えて、考えて、考え続ける。出来ればもう一度遊びに来てもらって、もっと話をしてみたい。僕の方からは、訪ねる方法が分からないから。
猛り狂ったような監督の表情は、簡単には忘れる事が出来ない。
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