2008年8月15日金曜日

僕の夏




 岩に打ち付ける波飛沫、脱ぎ捨てられたビーチサンダル。
 僕の夏を象徴するもの。
 そう言ってはみたものの、今年は一度も海へ行っていない。
 それでも浮かぶ、決まったイメージ。これはもうお約束と言うものだ。

 部屋の中で、パソコンに向かって、有りもしない出来事の妄想を繰り返す。
 トントントン、とキーボードを叩き、気晴らしに音楽を再生させる。
 ダウンロードした、最新の曲は、やはり夏を歌っていた。
 空調のエンジンは全開で、さらに扇風機も強風で、酷暑の空気を排除して、リクライニングの背もたれにべったりと背中をつけ、僕は空を眺めている。
 僕は想像する。

 広いビーチに一人、デッキチェアのそばにはパラソル。
 自分だけの日陰で僕はお気に入りの文庫を手にし、緩やかな風に吹かれる。
 贅沢な休暇。
 ふと視線をあげると、波間に見える、ガールフレンド。
 軽く僕に手を振って、また全力で泳ぎ始める。
 泳げない僕はその遊びには加わらない。
 浜辺は決して狭くはない。
 海岸線は緩やかなカーブを描き、小さな湾を形成している。
 僕らから離れた所、湾の端に小規模のカモメの群が旋回している。
 カモメは積乱雲の輪郭から外には出ない。
 雲が大きすぎるのだ。
 しかし、その雲も、大空の一部でしかない。
 そしてその空も、漆黒の大宇宙の無限性の中ではあまりにも有限的であることを、僕は思わずにはいられない。
 視線は空に向けられる。
 僕は読みかけのページにしおりを挟み、彼女に軽く手を振って、デッキチェアを離れた。
 カモメの群と反対側の岩場に、僕は向かう。
 岩場は浜辺より少し小高くなっていて、何となく、少しだけ、空に近くなる。
 岩場の先端に辿り着き、僕はそこに腰掛ける。
 波は穏やかで、見える限り、海は凪いでいる。
 水面の脈動は、平穏そのものだ。
 僕は空を見る。瞳孔の力を抜き、青い光を見透かそうとする。
 隙をついたように、彼女が突然僕のすぐ傍に現れ、僕のシャツの端っこをしっかりと掴む。
 僕はバランスを崩して、海の中へ転倒する。
 岩場には激しい水しぶきと、僕の足から離れたビーチサンダルが残される……

 これは例えだ。
 ストーリーなんか何でも良いのだ。
 岩場があって、水飛沫が上がって、そこにビーチサンダルが転がっていたら、それは僕の夏だ。

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