ようやくインターネットも開通し、少しずつ生活の新しいサイクルが生まれようとしている。
表題の通り、今、ひたすらモノを捨てている。
以前から考えていたことであり、先日友人からも焚き付けられた事でもあるのだが、とにかく要らないもの、邪魔なモノを排除して身軽になろう、と。
大きな家具は半分は無くなっただろうか。
テレビもいざ処分してみると大して困りはしない。
むしろ音楽に耳を傾けたり、今まで読んでいなかった本をつい手に取ったりして、部屋での過ごし方に無駄がなくていい。
服も、もう何年も着てないとか、ここ数年で二回ぐらいしか着ていない、というのが案外あとからあとから目について、その度に思い切ってゴミ箱に放り込んでいる。
本ですら、段ボール8箱分ぐらいあったのを一部売り払って、約半分にした。さすがにこれは手放せない、というのがいくつかあって、そのうちのいくつかは『処分用の段ボール』と『残す用の段ボール』のあいだを何度か行ったり来たりした。
これだけ捨てる行為を繰り返していると、今まで「何を手に入れるか」という事を考えてばかりいたのが、今は「何を捨てられるか」という風に変わって来ている。同時に、当然と言えば当然なのだけど、モノに対する執着心がどんどん無くなっていく。
そんな中で、去年使っていた手帳を何の気なしにぱらぱらと捲っていたら、初秋の頃の頁に「モノを捨てて身軽になる!」と書いてあった。そして具体的に何をするべきか、というメモも付記してある。
今やっている事が、まったくそのメモの内容と符合しているのだが、これは結局自分で考えていた事を、人に言われてようやく思い切った、という事になる訳で、自分の行動の遅さに反省せざるを得なかった。しかもいつの間にか忘れていたのが更に痛い。
今年も、年が明けたと思ったら、もう半年が過ぎる。
光陰矢の如し、とは小学生の頃に学校で知った言葉だが、日を追うごとに、日を追わなければその意味は解らないものなのだと痛感する。過ぎ去った日々の分だけ過去が質量を増して、精神の重しになっているのかもしれない。その所為で自分よりも時間の方が速くなっていると感じているのかもしれない。
引っ越し直後、部屋の三分の一の容積を閉めていた段ボールがほぼ無くなって、ようやくじっくりと机の前に座る事ができるようになって、僕はそんな事を考えたのでした。