ほんのちょっとした事で、道は大きく変わってしまう。
そんな事を考えたのは、地球温暖化の事が原因だ。
僕は最近、温暖化問題が気になって気になって仕方が無い。
ある人は言った。
「最近環境問題とか気にしている人が多いけれど、そんな事言ってる前に自分の生活がどうにかならないと結局何も出来ないんじゃないの? 温暖化考える前に自分の事考えろよ」
確かにそうだろう。一理ある。全くその通り。
と、一瞬納得するのだが、どうしてもその話には落とし穴があるような気がしてならないのだ。
そうやって一人一人が自分の生活を考えて優先して来た結果、の地球温暖化ではないのか?
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
僕の脳内で架空の人物が問いかけてくる。
「実際、僕にも分からないのよ」
「じゃあ、その人の言う通りだな。なんだかんだ言う前に、自分の考えをまとめろよ」
「いやいや、まあね。そうだけどさ、そうなんだけどぉ、やっぱそれって違くない?」
「ちがうって?」
「いや、なーんか納得できないっていうかさぁ……こう……もっと……んーまあ、良くわかんないんだけど、なんか違うぞ! って気がするんだよ」
「じゃあ、どうすりゃいいんだ?」
「それがねえ、まだわからないわけよ」
「それじゃ話が戻っちゃうだろう。とりあえず働けよ」
「んー、そうだよねえ。っていうか働いてますけどねえ。別に怠けてる訳じゃないしねえ。ちゃんと社会人やってますのよ」
「ちゃんとねえ……」
「まあ、バイトですけどねぇ」
そこで架空の人物は姿を消した。彼は非常に気まぐれなのだ。会話の途中でもいきなり居なくなったりする。
「なにぼーっっとしてるの?」
横からハナが話しかけて来た。そうだ、僕らはデートの帰り道で電車に乗っているのだった。
僕は車内の吊り広告にデカデカと書かれた『知られざるリサイクルの実態!』という文字をいつしかぼんやりと眺めていた。
「温暖化問題って、考えた事ある?」
僕はハナに聞いた。
「あるよ」
「どう思う?」
「うん。やばいよね。実際」
「何がヤバいと思う? 俺はどうすれば良いと思う?」
「えー? そんなに急に言われても」
「いくら考えても分からないんだよ」
ハナは僕の顔を見て、右手の人差し指の爪の先で下唇とあごの間を少し掻いた。何かを考えている時の彼女の癖だ。そしてあごから手を離し、辺りにきょろきょろと視線を飛ばし、何かを探し始めた。
「何?」
と僕が聞くと
「えとね、さっきあったのよ、確か。ああ、あれだ」
と言って車両の端っこにぱたぱたと小走りで移動したかと思うと、その辺りの床に転がっていた空き缶を拾い上げた。
「それを探してたの?」
「そう。これを、駅に着いたらゴミ箱に捨てよう」
「ふむ」
「とりあえずこんなんから始めてみたら? 出来る事からやれば良いのよ」
毎日飯を食う為に働いている。
そして時々、これで良いのかと疑問を持つ。
望んだ職場ではないし、やりたい事は他にもあったりするから、体の中に常に中途半端な何かを抱えている。
何かが変われば良い。
そう思って、僕は今日、電車の中で床を転がっていた空き缶を処分した。
2008年5月13日火曜日
象になりたい
まだ子供の頃の話だが、
「大きくなったら何になりたい?」
と聞かれた時は、
「象になりたい」
と僕は答えていた。
そういう時の相手の反応として、典型的なのはやはり学校の先生だ。
「ゾウ?」
先生は聞き返す。僕は黙って首を縦に上下させる。
「ゾウって、動物のゾウ?」
「はい。灰色で、鼻が長くて、でっかくて、主にアフリカやアジアの南部に生息している、あの象です」
ようこ先生は、生徒の間でもかなり人気があった。いつも元気で笑顔を絶やさず、テレビに出てくるようなアイドルよりもよっぽど綺麗で可愛い人だった。
「ふうん。でも、ケンイチ君は人間だから、ゾウにはなれないよね?」
「そうですね」
「ここはひとつ現実的に、将来、どんな事をしたいみたいのかなーっていうところを聞かせてくれないかな?」
ようこ先生は、子供相手だからって手を抜いたりしない。ちゃんとじっくり言葉を選びながら、僕の目を見て話してくれる。
しかしながら僕もその時から変わり者の片鱗を見せ始めていたので、頭をひねって更に聞き返した。
「大きくなったら、と言うのは、仕事の話なんですか? 僕はてっきり将来の夢の話だと思ったんですけど」
「あら、そうよ。もちろん、将来の夢を聞きたいの」
「だから、僕は象になりたいんです」
ようこ先生は指先をこめかみに当てながら、腕を組んだ。何か考えているようだ。
「よし。そうねえ。じゃあ、どうして、ゾウになりたいと思うの?」
「先生、象って素晴らしいと思いませんか?」
「どんなところが?」
「あんなに大きな体をしているのに、見るからに平和的じゃないですか。多分、その気になったら強いと思うんです。象って。力もありそうだし。でも、象を見て、争いを連想する人ってあまり居ないと思うんです。動物園に居ても、あの長い鼻で人を楽しませてくれるし。ぼく、あんな風に平和な存在になりたいんです。だから、象になりたい」
「ゾウみたいな平和な人になりたいのね?」
「いえ、あくまで象になりたいです」
「でも君は……」
「はい、僕は人間です。それが問題なんです」
「一応聞くけど、君の言ってる事は、比喩的な話ではない訳ね?」
「そうですね。比喩じゃないです」
「基本的に無理な話だってことは、自分では解る?」
「はい。残念ながら。叶わない夢なんです」
「真剣に考えた結果なのよね?」
「はい。眠れない夜もありました」
ようこ先生はこめかみに当てた手の指先をとんとんと叩いた。そしてふぅっと息を吐き、胸の前で組んでいた手を今度は腰に当てた。
「まあ、悪意で言ってるんじゃなさそうね」
「とんでもないです。僕、ようこ先生の事、大好きですよ」
僕がそう言うと、ようこ先生はじろりと僕を睨んだ。
「からかってるの?」
「違います。すみません。余計な事を言いました」
僕は耳の先が熱くなるのを感じていた。下を向いても、先生の目はやっぱり僕を見ているような気がした。ふぅっ、と、また先生のため息が聞こえた。今度は少し鼻にかかった感じの音だった。
「ケンイチ君、こっちを見なさい」
僕はそう言われて、先生の顔を見た。
「いい? ゾウになりたいのなら、心も大きくならなくちゃ」
「こころ、ですか?」
「そう、心です。心の小さい人が、大きなゾウになれると思う?」
僕は考えてみた。子供ながらに。恐らくその時、僕が考えたと言っても、それは到底論理的な思考ではなかっただろう。ただ、なんとなく、『それは正しい気がする』という事を感じただけの事だったのだと思う。
「なれないとおもいます」
僕は答えた。
「うん。じゃあ、自分を鍛えなさい。全てはそこからよ」
「はい。僕、強くなります」
「強いだけじゃダメよ。優しい男になりなさい。ゾウは、優しそうでしょ?」
「そうですね。気をつけます。ねえ、先生」
「なあに?」
「僕が強くて優しい男になったら、結婚してくれますか?」
先生は姿勢も表情も動かさなかった。そしてさっきとはまたちょっと違う種類の溜息を漏らした。
「あと十年もしたら、君のその考えは変わってしまうと思うけど、まあいいわ。結婚出来る歳になるまで、努力しなさい」
「はい!」
ようこ先生の素晴らしいところは、最後まで僕の話を聞いてくれた事だった。
大抵の場合は、「象になりたい」なんて言うと、相手は変な顔をして話題を変えるか、僕の考えを変えさせようとしたものだが、認めてくれたのはようこ先生だけだった。
それから十年経った頃、僕はふたつ年下の彼女と付き合って、結婚まで考えるようになり、ようこ先生の予言は的中した。
でも、頭の中では今も、あの時の想いは失われていない。
強くて優しい象になろうと……
「大きくなったら何になりたい?」
と聞かれた時は、
「象になりたい」
と僕は答えていた。
そういう時の相手の反応として、典型的なのはやはり学校の先生だ。
「ゾウ?」
先生は聞き返す。僕は黙って首を縦に上下させる。
「ゾウって、動物のゾウ?」
「はい。灰色で、鼻が長くて、でっかくて、主にアフリカやアジアの南部に生息している、あの象です」
ようこ先生は、生徒の間でもかなり人気があった。いつも元気で笑顔を絶やさず、テレビに出てくるようなアイドルよりもよっぽど綺麗で可愛い人だった。
「ふうん。でも、ケンイチ君は人間だから、ゾウにはなれないよね?」
「そうですね」
「ここはひとつ現実的に、将来、どんな事をしたいみたいのかなーっていうところを聞かせてくれないかな?」
ようこ先生は、子供相手だからって手を抜いたりしない。ちゃんとじっくり言葉を選びながら、僕の目を見て話してくれる。
しかしながら僕もその時から変わり者の片鱗を見せ始めていたので、頭をひねって更に聞き返した。
「大きくなったら、と言うのは、仕事の話なんですか? 僕はてっきり将来の夢の話だと思ったんですけど」
「あら、そうよ。もちろん、将来の夢を聞きたいの」
「だから、僕は象になりたいんです」
ようこ先生は指先をこめかみに当てながら、腕を組んだ。何か考えているようだ。
「よし。そうねえ。じゃあ、どうして、ゾウになりたいと思うの?」
「先生、象って素晴らしいと思いませんか?」
「どんなところが?」
「あんなに大きな体をしているのに、見るからに平和的じゃないですか。多分、その気になったら強いと思うんです。象って。力もありそうだし。でも、象を見て、争いを連想する人ってあまり居ないと思うんです。動物園に居ても、あの長い鼻で人を楽しませてくれるし。ぼく、あんな風に平和な存在になりたいんです。だから、象になりたい」
「ゾウみたいな平和な人になりたいのね?」
「いえ、あくまで象になりたいです」
「でも君は……」
「はい、僕は人間です。それが問題なんです」
「一応聞くけど、君の言ってる事は、比喩的な話ではない訳ね?」
「そうですね。比喩じゃないです」
「基本的に無理な話だってことは、自分では解る?」
「はい。残念ながら。叶わない夢なんです」
「真剣に考えた結果なのよね?」
「はい。眠れない夜もありました」
ようこ先生はこめかみに当てた手の指先をとんとんと叩いた。そしてふぅっと息を吐き、胸の前で組んでいた手を今度は腰に当てた。
「まあ、悪意で言ってるんじゃなさそうね」
「とんでもないです。僕、ようこ先生の事、大好きですよ」
僕がそう言うと、ようこ先生はじろりと僕を睨んだ。
「からかってるの?」
「違います。すみません。余計な事を言いました」
僕は耳の先が熱くなるのを感じていた。下を向いても、先生の目はやっぱり僕を見ているような気がした。ふぅっ、と、また先生のため息が聞こえた。今度は少し鼻にかかった感じの音だった。
「ケンイチ君、こっちを見なさい」
僕はそう言われて、先生の顔を見た。
「いい? ゾウになりたいのなら、心も大きくならなくちゃ」
「こころ、ですか?」
「そう、心です。心の小さい人が、大きなゾウになれると思う?」
僕は考えてみた。子供ながらに。恐らくその時、僕が考えたと言っても、それは到底論理的な思考ではなかっただろう。ただ、なんとなく、『それは正しい気がする』という事を感じただけの事だったのだと思う。
「なれないとおもいます」
僕は答えた。
「うん。じゃあ、自分を鍛えなさい。全てはそこからよ」
「はい。僕、強くなります」
「強いだけじゃダメよ。優しい男になりなさい。ゾウは、優しそうでしょ?」
「そうですね。気をつけます。ねえ、先生」
「なあに?」
「僕が強くて優しい男になったら、結婚してくれますか?」
先生は姿勢も表情も動かさなかった。そしてさっきとはまたちょっと違う種類の溜息を漏らした。
「あと十年もしたら、君のその考えは変わってしまうと思うけど、まあいいわ。結婚出来る歳になるまで、努力しなさい」
「はい!」
ようこ先生の素晴らしいところは、最後まで僕の話を聞いてくれた事だった。
大抵の場合は、「象になりたい」なんて言うと、相手は変な顔をして話題を変えるか、僕の考えを変えさせようとしたものだが、認めてくれたのはようこ先生だけだった。
それから十年経った頃、僕はふたつ年下の彼女と付き合って、結婚まで考えるようになり、ようこ先生の予言は的中した。
でも、頭の中では今も、あの時の想いは失われていない。
強くて優しい象になろうと……
2008年5月9日金曜日
飛行形態アンバランス
2008年5月7日水曜日
パワーの秘密
怒りのパワーは持続しない。
これは僕の話だ。
もちろん、僕だって怒りに燃える事はある。腹の立つ事が少しづつ蓄積して、やがて爆発を迎えたり、仁義的、或いは人道的道徳に反する輩の行動を見て瞬間的に血が沸騰してしまったり。
しかし、その炎は一度、バババドカーっと燃えてしまうと、すぐに消えてしまって、長続きしない。だからどうだと言われると、まあそれだけの話なのだが、僕は時々あの爆発的なパワーの事が気になって仕方なくなるのだ。
なぜ、あの力はすぐに消えてしまうのだろう?
僕の友人にはしょっちゅう怒っている奴がいて、そいつの放つエネルギーは常に周囲の人間を圧倒している。良い意味でも、悪い意味でも。そいつの唯一の欠点は、良い意味の時と悪い意味の時が半々ぐらいになってしまう事だろうか。とにかく怒りに容赦がないのだ。
怒りの全く持続しない僕にとっては、奴の存在は憧れの対象になる事がある。もちろん良い意味の時だけの事だが。
「お前は何だってそんなにいつも怒ってばかり居られるんだ?」
と僕は奴に聞いた。
「何でって、腹立つもんはしょうがないじゃん」
と奴は言った。
「俺から見たら、怒らなくても良さそうな所で激怒してる事あるからさあ」
「そんなの選べるぐらいなら初めっから怒りゃしないよ。むかつくもんは、むかつくの」
「でもさあ、お前、一度怒ったらずーっと怒ってるじゃん。お前を怒らせた事とぜんぜん関係ない奴とかにも怒りのパワーぶつけたりする事あるじゃん。あれ、やめたほうがいいよ」
「あれは……ちょっと勢いついちゃってんのよ。コントロール効かなくてさ。スピード出し過ぎた車は急には止まれないだろ? あれと同じ。悪いとは思うし、自分でも反省とかするんだぞ、一応」
「その反省、生かされてないだろ」
奴は一瞬、言葉に詰まった後、
「後悔先に立たず」
と言った。
「お前なあ……」
「そして後悔後を絶たず」
「……」
これなのだ。全く敵いやしない。
「まあまあ、ごちゃごちゃ考えててもしょうがないだろ。なるもんはなるようになるんだから」
こんな風に奴と話していると、何故自分の怒りが持続しないのか、分かったような気にもなる。でもしばらくするとやはり疑問がわいてくる。
奴と僕との違いは何なのだろう?
それ一体どこから始まって、どんな道をたどって今のようになってしまったのだろう?
僕はそんな事を延々と考えて、楽しんだりしているのだが、のんきなものだと自分でも思う。
怒りじゃないパワーが僕にはあるのかもしれないけれど、まあ、まだよく分かんないね。
これは僕の話だ。
もちろん、僕だって怒りに燃える事はある。腹の立つ事が少しづつ蓄積して、やがて爆発を迎えたり、仁義的、或いは人道的道徳に反する輩の行動を見て瞬間的に血が沸騰してしまったり。
しかし、その炎は一度、バババドカーっと燃えてしまうと、すぐに消えてしまって、長続きしない。だからどうだと言われると、まあそれだけの話なのだが、僕は時々あの爆発的なパワーの事が気になって仕方なくなるのだ。
なぜ、あの力はすぐに消えてしまうのだろう?
僕の友人にはしょっちゅう怒っている奴がいて、そいつの放つエネルギーは常に周囲の人間を圧倒している。良い意味でも、悪い意味でも。そいつの唯一の欠点は、良い意味の時と悪い意味の時が半々ぐらいになってしまう事だろうか。とにかく怒りに容赦がないのだ。
怒りの全く持続しない僕にとっては、奴の存在は憧れの対象になる事がある。もちろん良い意味の時だけの事だが。
「お前は何だってそんなにいつも怒ってばかり居られるんだ?」
と僕は奴に聞いた。
「何でって、腹立つもんはしょうがないじゃん」
と奴は言った。
「俺から見たら、怒らなくても良さそうな所で激怒してる事あるからさあ」
「そんなの選べるぐらいなら初めっから怒りゃしないよ。むかつくもんは、むかつくの」
「でもさあ、お前、一度怒ったらずーっと怒ってるじゃん。お前を怒らせた事とぜんぜん関係ない奴とかにも怒りのパワーぶつけたりする事あるじゃん。あれ、やめたほうがいいよ」
「あれは……ちょっと勢いついちゃってんのよ。コントロール効かなくてさ。スピード出し過ぎた車は急には止まれないだろ? あれと同じ。悪いとは思うし、自分でも反省とかするんだぞ、一応」
「その反省、生かされてないだろ」
奴は一瞬、言葉に詰まった後、
「後悔先に立たず」
と言った。
「お前なあ……」
「そして後悔後を絶たず」
「……」
これなのだ。全く敵いやしない。
「まあまあ、ごちゃごちゃ考えててもしょうがないだろ。なるもんはなるようになるんだから」
こんな風に奴と話していると、何故自分の怒りが持続しないのか、分かったような気にもなる。でもしばらくするとやはり疑問がわいてくる。
奴と僕との違いは何なのだろう?
それ一体どこから始まって、どんな道をたどって今のようになってしまったのだろう?
僕はそんな事を延々と考えて、楽しんだりしているのだが、のんきなものだと自分でも思う。
怒りじゃないパワーが僕にはあるのかもしれないけれど、まあ、まだよく分かんないね。
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