先輩は部室でただ暇を持て余しているだけの僕のそう切り出した。
この人はまじめな顔をしてどこまでが冗談なのかわからないような話をするのが好きな人だ。
「何ですか? 聞かせて下さい」
「みんな今の世の中は電力でほとんどのものが動いていると思っているようだが、実はそうではない。あれは全て小人の仕業なんだ」
「はい?」
「小人だ。知らないのか」
「小人ってアレですよね、七人の小人とか、ディズニー的な」
「違う! 全く種類、いや人種と言うべきか… 人種が違う!」
「小人に人種なんてあったんですか?」
「当たり前だ。おまえ、小人がみんな日本語をしゃべるとでも思っていたのか?」
はっきり言って小人が日本語をしゃべるのかどうかすら想像もつかないが、あえてそれは言わないでおいた。先輩の目は大まじめなものに見えたからだ。正直言って怖い。
しかし聞かない訳にはいかない。後で部の他のメンバーと酒の肴にするのだ。何なら多少と言わず尾ひれをつけて話を拡大させてしまいたい。意味もなく気楽に楽しい時間を過ごせる期間はそう長くはない。笑える話をとことん笑い尽くすのが、学生たる立場を得た者の使命というものだ。
「まあいい」
と先輩は言ってふてくされたようにパイプいすの背もたれにドカッと体重をかけた。
こんな所で話を終わらせていただく訳にはいかない。僕はそれとなく先輩に話を先に進めるよう、失礼のない言葉遣いで促した。「あのな、小人はみんな小さいんだ。『小人』と字で書いた時のイメージ以上に小さいと言える。いや、一文字で表現できる小ささではそもそも無いんだよ」
「どのくらい小さいんですか」
「顕微鏡で覗いてもぎりぎり輪郭が解る程度の小ささらしい」 と言う話しぶりからすると、誰かから伝え聞いた話であるらしい。
いったい誰に担がれたものやら。と言うかその前に信じないでもらいたいものだが。あなたは頭がメルヘンに包まれた設定のデビュー直後のアイドルか何かですか? とツッコミを入れたくなる。 以前、「そんなんでよく受験受かりましたね」と失礼な事を酒の席で勢い余って聞いたやつがいたが、先輩は怒るどころか機嫌を損ねたそぶりすら見せず、
「俺は素直なんだ。人の言う事はすぐ信じる。もちろん教科書や参考書の内容もな。だから人よりも勉強ははかどるのだ」
と言って不敵な笑みを浮かべて見せていた。「俺は素直なんだ。人の言う事はすぐ信じる。もちろん教科書や参考書の内容もな。だから人よりも勉強ははかどるのだ」
「じゃあ、電器はどうして光るんですか?」
と僕は質問を続けた。
「小人は体が光るんだ。蛍が強烈になったような光を、だいたい十人ぐらい集まると出せるようになるという話だ」
「じゃあ、車とか電車が走っているのは?」
「あんなもん、人力に決まっているだろうが。大きなパワーが必要とされるところにはそれだけ無数の小人たちが集まって汗を流しているということだ。我々は小人たちに感謝しなければいかんのだ、本当は」
なんだか妙に理屈が通っているような感じだ。「この話って、電子を小人に例えた事だったりは……」
「解ってないな、お前。科学なんて空想で妄想の世界なんだよ。理屈をごねまわして解ったような事言ってるだけで、中身なんかなんもありゃしない。そもそも俺は文系だからな。理系の奴らが何言おうと知ったこっちゃ無いね」
先輩は独自の偏見的価値観を表明し、ふん、荒い鼻息をたてた。
ひょっとしたら理系の女の子に手ひどく振られたりでもしたのかな、などと僕が思っていると、始業のベルが構内に鳴り響いた。あいにく僕の時間割のこの時間帯における部分は空白なので、あわてる事もない。
先輩は
「ま、いっか」
と言ってカタカタと手持ちの荷物をまとめて部室を出て行った。
再び暇になった僕は、科学的、文明的なエネルギーを小人が代替している社会について思いを巡らし、それはなかなか楽しそうな世界だと思えたので、酒の肴の尾ひれはひれを考え続けながら、夜が来るのを待った。
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