鳥だろうか?
格子のはまった窓の枠をひらひらと動いたものが何なのか、はじめは男には分からなかった。
自分が犬だろうが、羊だろうが、そんなことは今や独房のような部屋の床の上ではどうでも良かった。豚でもシマウマでも、或いはキリンでもアライグマでもそれは同じ事なのだろう。
ただ、鳥にはなってみたいと思う。
空を飛べるものは、やはり特別だ。我々は重力の軛から逃れられず、いつまでも地に足をつけているしかない。だからこそ、整備された道や固定されたレールが必要になる。我々は自ら決められた道を歩むことを強いられた存在なのだ。
そんなことを、男は考えていた。
しかし格子窓の隙間から入ってきたものが、一瞬ちいさく鮮やかな白い光を放ったとき、男は自分の思考から抜け出し、視界に映るものを見定めた。
それは、鏡を持った手だった。
鏡は窓から少し侵入したところでくるりと下に向けられ、その際に光を放ったのだ。
男には、鏡の向こうにあるものの姿が見えた。
それは、誰かの目だ。誰のものかは判らない。しかし、その目は確かに男の視線を受け止め、何か語りかけてくるようにも見えた。
男は、横で自分の考えに浸り続けるウサギの姿を確かめた。
どうやら、室内に訪れた異変にはまだ気付いていない。うつろな目は、部屋の壁と床の間を彷徨ったままだ。
男がまた窓を見ると、鏡の中の目はいちど男と視線が合ったのを確認(そのように見えた)すると、するすると窓の外に戻っていった。
(誰だ?)
男には、思い当たる節がなかった。
小太りウサギが思考の宇宙に沈んだまま浮かんでこないような状態で部屋から出て行った後、鏡の向こうの目の主が誰なのか、男は考えていた。
あのような形で中の様子を確かめようとする者が、誰かいるだろうか?
ひょっとしたら、あれはハイエナの目だったかも知れない。そうも考えた。しかし、あれがハイエナだったら、奴は目があった瞬間に視線を反らしていただろう。
(ハイエナめ、ウサギにあれこれとさせていないで、自分で正面から直接聞きに来ればいいものを、面倒な奴だ)
ふとそのような思いが浮かんだが、思考の糸はすぐにまた元の流れに戻った。男は、街で会ったやせたウサギのことも考えたが、鏡の中現れた目は、彼女のか細い瞳のイメージとはほど遠かった。
あのやせウサギはどうなっただろう?
次に小太りウサギが現れたときには、その事を聞かなければならない、と男は思った。
あれこれと思いつくことが様々な方向に揺らぎ、男の思考はなかなか定まらなかった。
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