ハイエナは、しゃべりながら、少しずつ冷静さを取り戻していった。
ちらちらと抜け目ない視線を周囲に配り、自分の手下どもが徐々に周りに集まってきていることをそれとなく確認した。
羊の頭からは、まだウサギの姿が離れなかった。
ウサギの流した涙の意味は、自分が思っていたものよりもずっと深く、ひどくもつれてしまった釣り糸の固まりのように、どうにも手の施しようが分からないものだと言うことが、理解できたような気がした。
そして、己の無力感がまざまざと思い知らされた時、さざ波のように何かが自分の内側から沸き上がってくるのを感じた。
ほとんど忘れそうになっていた、捨てたはずの感情。
深い深い井戸の奥の水面が激しい熱に熱せられて泡立っているような、懐かしくすらあるもの……
「おやあ? すんげえ牙してるなぁ、羊さんよぉ」
ハイエナが、羊の顔をのぞき込むようにした。羊の顔の変化を、ハイエナは楽しんでいるようだった。しかしそれはあくまで表向きの表情で、内心的には感嘆に近い思いで見ていた。
羊の口元から、狂犬の牙がはみ出している。
獰猛な、怒りの権化であった頃の狂犬の口を、ハイエナはしっかりと覚えている。
羊の口の端がつり上がり、その隙間から見える何者をも引き裂く鋭利な犬歯の放つ光は、かつてハイエナが狂犬に対して抱いていた畏敬の念を思い起こさせる。
(俺はあんたを目指してきた。ずっとずっと、あんたに追いつきたいと思っていた!)
だからこそ、勝たなければならなかった。
どんなことをしてでも。自分のやり方で。
そろそろ、頃合いだ。
「なあ、羊さん。なんだかわからねえけど、おれはあんたの事が気にいっちまったよ。あんたさえよけりゃあウサギの一匹や二匹、すぐに都合してやるぜ。どうだい?」
「なぜだ?」
「気に入ったって言ったろう。それが理由さ」
「違う。ハイエナよ、お前は何故そうなった?」
「何の話だい?」
「ウサギを放してやれ」
「どのウサギだ?」
「お前が飼っているウサギだ」
「いっぱい居すぎてどれのことだかわかんねえよ。この街にも一匹いるが、そいつのことか? あいつはどうやら俺の言いつけを守らなかったみたいだから、後できつーいお仕置きをしなきゃなんねえ。放すわけにはいかねえな」
「貴様」
男は牙を剥いてハイエナに襲いかかった。
0 件のコメント:
コメントを投稿