2008年11月30日日曜日

物語を『閉じる』ことについて

 短編を書くつもりで始めたものが、書いているうちに
(なんだかおわらねえなあ)
と思っていたら、ずるずるといつの間にか原稿用紙換算で100枚を軽々と突破しているのだが、こんなペースですかすかと筆が進むのもそれはそれでいいとして、いい加減、
(果たしてこれはなんの話なのだろう?)
と言う疑問を自分自身に投げかけている今日この頃だ。
短編は勢いで書ききるものだと思っているのだけれど、その勢いが爆発を迎えないままに中火のまま継続していて、そろそろ短編と呼ぶには厳しい長さになってきた場合、これはもう長編なのだという、あきらめにも似た頭の切り替えが必要になってくる。
野放図に、思いつくまま気の向くままの筆任せ(余談ですが、こうしていると「筆」と言う単語はすでに比喩になってしまっていますねぇ。。。)というのも旅としては楽しいのだが、自分以外の他者に向けて作られるものとしては、ちぐはぐさを免れない。
やはりどこかで物語を閉じなければならないのだ。
『閉じる』、というのはこの場合『終わらせる』と言う意味ではなく、『範囲を区切る』、ということだ。
この作業が、物語の世界観を規定していくことに繋がるのだと、自分では思う。『閉じる』作業を始めたと時点で、物語の設計が始まるし、その世界におけるルールが決められていく。
先の見えない旅に終わりを設定することは、実はつまらない。
自分としては、どこまでもどこまでも行き先未定、宿不定、計画なしの気ままな旅を続けたいという願望があって、それを自ら放棄するようなことは出来ればしたくない。それが偽らざる心情でもあるが、文章には読者という話し相手が存在するので、僕は相手に何かが伝わるような言葉を考えなければならない。
物語を作りたいという願望と、そこに同時に発生してしまうジレンマに、なんとなく思いを馳せた今日なのです。


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