2007年12月10日月曜日

愛はこの坂の上に

 何だかもう転がり過ぎて、どこまで転んだんだか分からなくなって来た。
 この坂はどこまで続くのだろう。
 さっきから見える景色は地面と空が交互に入れ替わる天地の走馬灯状態で、遮る物もなくぶつかる物もなく、勢いはどんどん増して僕は転がり続けている。
 あんまりずっと転がり続けたせいで、転がり始めの混乱は次第に収まって来て僕は不思議と頭の中が冷静になって来た。
 見える景色は地面、空、地面、空、地面、空、地面、空、変わらない。
 僕の体は進行方向にほぼ垂直に角度をつけて、凹凸のほとんどない真っ平らな山の斜面を転がっているのだ。
 この坂のずっとずっと上の方に、彼女を一人、残してしまった。
 僕の転がり続ける姿はまだ彼女の視界の中にあるだろうか? もうそれも叶わないほど長い時間転がっている気がする。
 せっかくの秘密のデートがこれじゃあ台無しだ。

 こっそりおじさんに借りた別荘を使って、僕らは家族の誰にも内緒でこの山に来ていたのだ。
 なぜ内緒かと言うと、僕らはお互いの家族に結婚を反対されて、ただ会う事すら妨害を受ける、と言う、このご時世考え難い苦境に立たされていたのだ。
 僕は彼女の両親とことごとく馬が合わず、彼女は僕の両親の理想とは余りにもかけ離れていた。
 ついでに言うと両親同士も顔を合わせると激しく反発を感じるらしく、僕の親が彼女の親にケチを付け、彼女の親がそれに応じてさらに辛辣な悪態を僕の親に向けると言う、堂々巡りの不毛な争いが際限なく僕らの周りでは起こっていた。
 それでも僕らは愛し合っているのだ。
 彼女は女性としてはどちらかと言うと激しい性格の持ち主で、僕は逆に男としては漢っぷりに駆ける軟弱さを持っていた。
 彼女はその軟弱さを、かけがえのない優しさだと言ってくれた。
 僕は彼女の激しさを、生命力に溢れた太陽のようだと言った。
 お互いがお互いの足りない部分を補強し合い、がっちりと深く噛み合い、食い込み合い、絡まり合って、その存在なくしては生きて行けないと思う程に離れ難い存在となっていた。
 だから周りがどんなに騒いでも、僕らの気持ちは変わらなかった。
 愛には一片の曇りもなく、むしろその透明さは陽を追う毎に美しく透き通って行くようだった。
 昔、今の奥さんと駆け落ちしたと言うおじさんだけが僕らの味方だった。
 僕らはおじさんの厚意に甘えて、邪魔の入らない二人だけの場所で、二人の愛をもっともっと高める事だけを考える事が出来ていたのだ。

 それが、あんなところで雪に隠れた木の幹に足を引っかけるなんて、間抜けもいい所だ。
 もう少し、季節が進めばこの坂は、世にもまばゆい白銀の世界。
 字余り。
 この山すべてがおじさんの所有する土地らしい。
 プライベートゲレンデとしてはあまりにも贅沢な空間。
 こんな真っ平らな坂はそうそう自然界にはないんじゃないか?
 それにしても長い。あまりにも長い。
 僕はいつまで転がって行かなければならないんだ。もう木に激突してでもいいから止めて欲しい。冬眠中のツキノワグマにぶつかってでもいいからこの転落を終わらせたい。
 これじゃあ出口のない迷宮と変わりないじゃないか。
 軽い混乱。
 地面、空、地面、空、地面、空、地面、空、ああ、視界の端っこに太陽が見える。
 あれは世界の為の太陽だ。
 この世の全てを照らす光だ。
 でも、今の僕には必要ない。
 僕に必要なのは、僕だけの太陽なのだ。
 心に彼女の姿を想い、僕はすこしでも状況を変えるべく、体に力を込めた。転がる向きを変えればいいんだ。
 僕はまた冷静さを取り戻した。
 少しずつでもなるべく斜めに転がって行って、やがてその方向が斜面に向かって平行になって行けば、落下速度は弱まるだろう。
 そして止まる事が出来たら、永遠のようなこの坂を僕は彼女を目指して走って行く。
 太陽の中へ向かって行く。
 少しずつ、すこしずつ。


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