どんな方向にアンテナを動かしても、ラジオの音声は一向に改善しなかった。
ガガー、ザザー、ピー
雑音に時折パーソナリティーの言葉が混じる。
こんばんガガー
みんな元ピー
今日ガーいつものザザーごきげんピー
何かの歌が始まった。
雑音に紛れてよく内容が判らないが、いつの時代、どこの国にもありそうなありきたりのロックなメロディーだということが分かる。もっとも、ロックと言う音楽の歴史の浅さを思えば、そう思えることは僕が生きている間のことだけなのかも知れないが、不思議なことに、そう言う歌は雑音だらけでもそこそこ聞ける気がした。
お前のことがピーピピー
愛ガーるザザー
ピーピピー
僕はアンテナを調整することを諦めて、そのままの音楽を流した。
僕は島をわたるフェリーの三等客室で、なんとか暇をつぶそうとしていたのだ。
僕は他の乗客たちの邪魔にならないようにと、ラジオの音量は極力さげていたのだが、全く聞こえないようにすると言うのは不可能な話だった。
何人かの乗客は幾分批判的な視線を僕とラジオの方に向けていたが、中には音に合わせて指先でリズムを取っている人も見受けられた。
その違いは初めからロックが好きか、そうでないかと言う事でしか無いのではないだろうかと、僕は想像してみる。
それはほんとうにとってもありきたりなロックだった。
簡単にノレるし、簡単に聞き流せる。
一途な愛に関する個人的な叫び。
ヴォーカルのシャウトの始まりが雑音でかき消され、一瞬、奇妙な音が客室の中に漂った。
不思議なことに、それを聞いた客室の人々の動きが同時に止まった。
静寂は雑音にかき消された。
お前ザザーピー
ガーガーガガーガーガー
ピピピピザー
船が大波を受けたのか、下腹に響くような重い動きで大きく傾いだ。
僕は目を閉じて、ロックの続きを楽しんだ。
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