久しぶりに飲んだ酒は体の隅々にまで沁みた。
体内に取り込まれたアルコールは一晩眠っただけでは消化されず、その影響なのか、俺は夜明け前に全身を倦怠感に包んでしまうような気の重くなる夢を見た。
黄昏がいつまでも続く町並みの中、俺は疲れ切った体を引き摺るようにして逃げ回っていた。
そいつはずるずると地面を這うようにして俺を追ってくる。
俺はいくら走ろうとしても歩く事しか出来なかった。
体が俺の意志から切り離されてしまったように、言う事を聞いてくれない。
しかしいくら後ろを振り返ってみても、そいつの姿は見えないのだ。
ずるずると言う足音だけが俺の耳を捕えて離さず、その耳の中の感触が、そいつが迫って来ている事を厳しく警告している。
俺は訳も分からず、とにかく逃げた。
夢の初めから逃げていた訳だから、何故逃げていたのかは分からない。
もしかしたらそいつは邪悪な何かではなく、害のない存在なのかも知れなかったが、とにかく逃げる事に必死だった俺はそいつの正体が何であるかという事を問題にしている場合ではなかったのだ。
今はこうするしかない。
とにかく走るしかない。
しかしやはり気持ちが先走るばかりで、体は緩慢な徒歩を続ける事しか出来ない。
夕日はいつまでも沈まなかった。
俺の進行方向のほとんど正面に位置していた太陽は、燃えさかる炎のような赤とオレンジの中間の色で世界を染め上げていた。
俺は逃げながらもその姿を見て、世界は間違いなくあの赤い球体を中心に回っているのだと感じた。
生命の源。
種の起原。
いつか見た風景。
不意に訪れるデジャヴ。
俺がまだこの世の中の片隅の断片でしか物事を判断できなかった幼い頃、俺は確かにこうして夕陽に向かって走っていた。
それはただその時走っていた方向の先に偶然夕陽があったというだけの話で、何故走っていたのかはまるで思い出せない。
俺の記憶の回路はどうにかしてしまったらしい。
何かを思い出したときには別の何かを忘れてしまい、思い出そうとしているうちに別の何かをまた忘れていく。
俺は今まで何をしていたのだ?
ずるずる。
音が聞こえる。
俺はまた振り返り、地面の中から俺の影がゆっくりと立ち上がるのを見た。
俺自身のメタファー。
立ち上がった影と対峙した時、俺の魂は自分の体からすうっと離れて、そのまま背中から夕陽の方へと吸い込まれていった。
目が覚めた時、酒は飲み過ぎるのも離れ過ぎるのも良くないのだな、と俺は思った。
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