「そんなに俺を嫌うなよ」
電話は、黒光りする体に僕の片隅を映し出しながら、言った。
苦々しげなその口調に、僕は幾分申し訳ない気持ちになった。さっきから、もう何本もかかってきた電話を無視しているのだ。
「いや、そう言う訳じゃないんだけどさぁ……」
僕の声は何故か何かに対する言い訳のような響きを持った。
「まあいいさ」
黒電話は頭の上に乗っかった受話器をかたかたと揺らした。笑っているのか。
(お前の事は解っているぞ)
と言う声が聞こえた気がしたが、何しろ電話には口がついている訳ではないから、その声が僕の頭の中のものなのか、電話の発した声なのか、僕には正確には分からない。
「まあいいさ」
黒電話はもう一度繰り返した。
「どうあろうと、人それぞれだからな」
「悪気は無いんだ。本当だよ」
「気にしてない。それに、俺は別にどうだっていいんだ」
「ああ、分かってるよ」
「いいのかい?電話に答えなくて」
僕はゆっくりと首を振った。
「分からないんだ。どうしたらいいのか」
「不器用も過ぎると迷惑だぜ」
「それも分かってる」
「何だかな、俺から見ると、君は自分で自分に鎖をかけているみたいだ」
「そうかな?」
「ああ。ひどく不自由な顔のオランウータンみたいだね」
「へえ。でも、その言い方はオランウータンに失礼じゃないか?」
「ただの例えだよ。別にオランウータンじゃなくってもいい。シロクマだって、ペンギンだって同じだよ」
僕は壁に立て掛けられたスタンドミラーの中の僕を見て、「なるほど」と言った。僕はしばらく自分の姿を見続けた。
「まあいいさ」
また、黒電話は言った。
「約束するけど、次にかかってくる電話は、とてもいい知らせになるよ。君にとって」
「そんなの、分かるのか?」
「当たり前だ。どこの電話だって同じだよ。みんな、いつどんな電話がかかってくるか初めから知ってるのさ」
「それなら、前もって教えてくれよ。そしたら、出なくていい電話には出なくて済むし」
「おいおい、電話に甘えてるんじゃないよ」
「冗談だよ」
「とてもそうは聞こえなかったがな」
「まあいいじゃん」
「ふん」
そう言って黒電話はまた受話器をかたかたと揺らした。その動きがどんな情動を表現したものなのか、僕には分からなかった。
その動きが止むと、電話の呼び出し音が鳴り始めた。「まあいいさ」と電話が言っている気がした。
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