2007年9月24日月曜日

スーパーサブ

俺はスーパーサブ。
途中交代から試合に参加し、結果を出すのが俺の仕事。

今日は優勝争いの大事な試合。朝目が覚めた時からアドレナリンが出まくりで、テンションは上がりっぱなしの絶好調。何かが出来る予感がしてる。

先発メンバーをピッチに送り出し、俺はベンチに腰を下ろす。今日の対戦相手はリーグの最大のライバル。奴らをホームグラウンドで迎え打つ、負けらんない戦いだ。サポーター達の盛り上がりも最高潮の中、キックオフの笛が鳴る。

大声援を受け、我々は試合を優位に進めているが、流石に相手も譲らない。緊張感に溢れる攻防。難しい試合展開だ。



FWの高砂がファウルで倒された。痛がっている。緊急事態だ。作戦変更で早めに俺の投入があるかも知れない。俺は思わず立ち上がり、ウォーミングアップの態勢を取る。
監督、いつでも良いぜ。俺は行けるぜ!
高砂は立ち上がった。顔には苦笑いを浮かべている。案外平気そうだ。
あいつめ、また演技かよ。その内シミュレーションでイエロー食らっても知らねえぞ。無駄にヤキモキさせやがって。期待したじゃねえか。いや待て、俺。今日は大事な試合。今はチームメイトの無事を喜ぶべきだろう。
高砂はフリーキックを見事にゴールネットに突き刺した。先制だ。やりやがったぜ。あの野郎!ムカつくヤツだが頼れるチームメイトには違いないのだ。
一点リードの展開で我々は前半を折り返す事に成功した。

後半になっても均衡した展開は変わらない。こういう試合はバランスを崩した方が負けるパターンが多い。監督にとっても判断能力が試される難しい試合だ。
後半に入った直後から、サブのメンバー全員にウォーミングアップが命じられた。誰一人、気を抜ける人間なんかいやしない。

いよいよ試合は佳境を迎える。先に動いたのは敵の方だ。どうやらディフェンスを減らして攻撃の選手を入れるらしい。当然だろう。奴らも負けに来た訳じゃない。

とうとうバランスが乱れた。試合は新たな局面を迎えている。我々のチームはいまや敵の圧倒的な攻勢に晒されている。サブメンバーはアップを続けながら、俺を含め全員、試合から目が離せなくなっている。
相手の攻撃がようやく一息つきそうな時、監督が俺達に声を掛けた。呼ばれた数人の顔触れで、監督がまだ迷っているのが判る。
今こそカウンター狙いの得点チャンスと考えるか、一点のリードを守りきる事に集中するのか。どちらが正解とは言えない。でも出来れば攻めたい俺。
監督はグラウンドを睨み続けた後、思い切ったようにこちらに振り向いた。
俺か?駄目押しの得点を狙って俺を投入か?決めてやるぜ。俺が試合を決めてやるぜ!さあ、監督!
「金山、鈴木」
呼ばれたのは中盤の選手だ。FWを減らして高砂のポストプレート中盤の飛び出しから試合展開を組み立て直す狙いだろう。決して悪い選択じゃない。
でも高砂はどう見ても疲れ切ってる。俺も一緒に替えてくれよ。それが自分の我侭なのは分かってるけど。まだ点を取られた訳じゃないから、守りのバランスは崩せない。それは俺にも分かるけど。監督はちらりと俺を見た。俺は今どんな顔をしているのだろう?

選手交代の後も敵の攻めは続いた。高砂は全然動けていないが、それでも必死に前線での守備に走り回っている。
がんばれ高砂!動けなくなるまで走れ!そして動けなくなれ!
内心の葛藤を隠して俺は高砂に声援を送り続けた。
後一人の交代枠、監督どうにかしませんか!?
ちらりと監督を盗み見ると、もう観客同然に試合展開にのめり込んでいるようにしか見えない。
あなたの冷静さもここまでか!そう思っていたら、
「川上、準備しろ!」
といきなり俺に声がかかった。もう試合はロスタイムに入っている。まさかこの時間帯でくるとは。どう考えても時間稼ぎの選手交代だが、構わん、それでも決めてやるぜ。ヒーローは俺だ!
意気込んでジャージを脱ぎ終えた俺の耳に審判の笛の音が聞こえた。
試合が終わってしまった。
どうやら今日の審判は極端なホームアドバンテージを取って、ロスタイムを殆ど取っていなかったようだ。
おれはサイドラインのぎりぎり外側でおそらく微妙な苦笑いを浮かべていたらしく、コーチにポンと肩を叩かれた。

こんな日もあるさ。
でも試合に出れば結果を残す自信はある。そのためにトレーニングと自己管理を欠かさないのだ。いつ訪れるか分からないチャンスに備えて万全の体勢作りを怠らない、プロフェッショナル。チームの勝利を願い、高砂の不調を願い続ける…いやいや、先発への夢を追い続ける存在。そう、俺はスーパーサブ。

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