2007年9月25日火曜日

ルートマップ

「やっぱり電気つけようよ」
「ばか。それじゃ雰囲気でないだろ」
「そうだよ。これがいいんだよ」
「でも地図見えないよ。僕、視力悪いのに」
「お前は普段から勉強し過ぎなの」
「そうそう」
「そこまでやってる訳じゃないけど…」
「いや、お前はやってるよ」
「だな。高橋には負けるけどな」
「高橋君は本当に頭がいいんだよ。僕より勉強時間短いはずなのに」
「べつにいいじゃん。サクぐらい頭よければ十分だろ」
「そうそう。高橋の奴が異常なの」
サクと呼ばれた少年は、話しながらも必死に机の上の地図に目を凝らしていた。
一緒に居るのはサザンと丸井の二人だ。三人は夏休みの自由研究にかこつけて自転車でちょっとした旅をしようという話し合いをしているのだ。
「やっぱさあ、川沿いは走らないとな」
サザンが地図の上にキューッとマジックで線を引く。その動きが起こした小さな風を受けて、ろうそくの炎が揺れる。
「景色としては必要だね。写真のネタ的にも良いと思う」
「でも、そんなに距離取ると他のルートがきつくならない?」
「そうか?」
「確かに最終的にはこの山の頂上がゴールだから、遠回りになるけど、この企画は素材が命だと思うんだよ」
「川沿いにそんなに写真を撮る所あるかな」
「この最後の所の橋、なかなかいいぜ」
「うん、あれはいい」
「なにがいいの?」
「そんなの、形?だよなあ?」
「まあ、雰囲気とかね。風情がある感じ?」
「そうかあ、遠いけどね」
「ここから山行くのは確かに気合いの入れどころだな」
「このルートなら車もあまり通らないし、信号も少ないはず」
そう言って、丸井が地図にキューッと新しい線を引く。
「あ、ここ、通った事あるよ。ビンの牛乳売ってるんだ。コーヒー牛乳もあったよ」
「マジで?サク、なんでそんなの知ってんだよ」
「このへん行った事あるの?」
「え、うん、まあ」
「あ、よく考えたらここ、あつみの家の近くじゃん」
「やっぱり付き合ってる噂は本当だったか」
「そんなんじゃないよ。親同士が知り合いだから、昔から知ってるだけで」
「まあまあ、照れるなって」
「あつみちゃんかわいいもんなあ。ぶっちゃけ反則だよ」
「もう、それはいいじゃん。とにかく、この店、寄っていこうよ。ちょっと小休止で」
「確かに、いいタイミングかもね」
「俺、休憩の事考えてなかった」
「じゃあ、決まりで」
サクがキューッと線を引く。
「後は、山だな」
「ここはもう気合い入れるしか無いね」
「きつそうだなあ」
「山頂ゴールかあ、燃えてきた」
「好きだねえ」
「何の話?」
「ツール・ド・フランスだよ。お前、見てねえの!?」
「知らない」
「今度DVD貸すよ」
「まあ、俺的にはメインはここの登りだから」
サザンが山頂までの道にキュキューッと線を延ばした。
「これでルートは完成だね」
三人はしげしげとろうそくの前に置かれた地図を見下ろした。ひらひらと揺れる炎に照らされただけの、薄暗い部屋の中で。
「なんか、宝の地図みたいだね」
「お、ロマンチックな事言うねえ」
「さすがに恋してる男は違うね」
「だから、そんなんじゃないってば」
「じゃあ、俺、あつみちゃんにアタックしていい?」
「え?え?」
「ほらな。焦るぐらいなら素直になれって」
「冗談だよ」
「もう、電気つけようよ」
「そうだな」
「じゃ、ろうそく消して」
丸井が電気のスイッチのところへ行く前に、サザンがふっと一息にろうそくの火を吹き飛ばし、ほんの一瞬、部屋は真っ暗になった。

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