突然に、本当に何の脈絡も無く突然に、僕はあの日の事を思い出した。
あの日僕らはここから車で一時間ちょっと離れた所にある小さな半島の入り口で、将来の事を語り合っていた。
この付き合いが後何年か続いて、そのとき二人の気持ちが何も変わっていなかったら、その時は一緒になろう。
確か僕はそのような事を、当時付き合っていた彼女に、車を運転しながら言ったと思う。
僕はそれなりに真剣だった。
まだまだ若くて、人生の事など何も分かってはいなかったくせに、必死に自分を大人に見せようとして、他愛のない事に努力を傾けていた年頃だった。
おそらくそれは、彼女にとっても同じ事だっただろう。今の自分には、その事がよくわかる。それは別に特別な事ではなくて、歳月を経て10年と言う規模の年月を振り返った時、誰にでも訪れる感慨ではないかと思う。
だから、彼女はあの時の彼女なりに真剣に僕の言葉に耳を傾けていた事だろう。
「後何年かって、どのくらい?」
「そうだな、2、3年とか、4、5年とか?」
「6、7年とか?」
「それはさすがに長過ぎるよ」
「そう?5年も大したものだと思うけど」
「そうかな?」
「3年でも十分すぎるくらいじゃない?」
「でも、俺たちまだまだ若いしさ、3年たってもまだ23とか4とかだよ?」
「そうねえ、そう考えると早いかも。でもその頃には二人とも仕事始めてるだろうし、共働きなら収入もあるから悪くないかもね」
「そこなんだよ。仕事。その頃俺たちはもう社会人になってる」
「五月病になったりしながら」
「上司の愚痴をこぼしたりして」
「新しい出会いがあったりして?」
「沢山の出会いがあって」
「別々の会社で、中々会えなくなったりするかも知れないね」
「ちょっとしたすれ違いで、喧嘩したりするかも知れない」
「そうなると自然にお互いの心は離れて行き」
「この恋は自然消滅してしまう」
「…そんなのやだな」
「俺もいやだ」
「でも、確かによくありそうな話だよね」
「そうなんだよ。どこにでもある話なんだ」
「私たちは、どうなるかな」
「ダメになると思う?」
「考えた事なかったわ」
それから二年と三ヶ月後に、彼女はドイツに留学して、しばらくは電話や手紙で連絡を取っていたものの、その内に連絡を取る回数は少しずつ減って行き、最後のメールはいつ出したのだったか、僕はすぐには思い出せなくなって行った。
僕は就職活動や卒業論文をこなす事で時間に余裕がなく、社会人になってからはなれない仕事や新しい仲間との付き合いに時間を割くようになった。
そして、自然に彼女の事を忘れて行った。
僕は誰もいないオフィスの中で、節電のために自分の周辺にだけ明かりを灯し、いつ終わるとも知れない作業に追われていた。
もう少しで家に帰れるぞ、という所でふと気を抜いた時、僕はようやくあの時の彼女との会話を思い出したのだ。
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