2007年9月17日月曜日

秘密の計画

三回目のデートの時に、僕はなんでこんな事になったんだろうと考え始めてしまった。
このままいけば僕と朝美とは恋人同士として周囲から認められて行くのだろう。
朝美に取っては、それは歓迎すべき展開だろうし、僕らの友人だってそうなれば心から祝ってくれるであろう事は目に見えて分かっている。
しかし、なんだか釈然としないのだ。

なんだか言いにくい事なのだけれども、どうやら僕は朝美に対して特別な感情を全くと言っていいほど持てないみたいなのだ。
その傾向は僕自身は初めから薄々感じていた事ではあった。けれども、朝美はとてもいい娘だし、付き合って行けばいい関係になれるのかも知れないと思ってデートの誘いを受けたのが始まりだった。ところが、薄情と言われるかも知れないが、どう話してみても僕は彼女に対して気持ちが近づいて行くような感覚を見出して行くことが出来ない。それは僕に取っても意外な事だった。
朝美は同じサークルの男子の中では結構人気があった。顔立ちはまあ平均より上、スタイルも悪くない。なにより愛嬌があって誰に対しても笑顔を絶やさず会話が出来る。それは一般的な男子に取ってはほぼ完璧と言ってもいいくらいの条件と言える。
だから最初に朝美に誘われた時は密かな優越感も手伝って、僕はすぐにOKと言った。
実際に食事を共にして、適当にぶらぶら歩いてみたりして、やはり評判通り悪くない娘だな、と僕は思っていたのだ。

大学では違う学部ではあるけれど、サークルの仲間としてよく顔は合わせるので、お互いの時間の都合を付けたりする苦労はさほど無い。
最初のデートから一週間程してまた二人で遊びに出かけたのだが、その帰りに僕の疑問は沸き起こって来てしまった。
どうも落ち着かない。テンションが上がる感じがしない。待ち合わせの場所で顔を合わせたとき、僕は
(ああ、きた)
としか感じなかった。その事に、自分でも驚いたのだ。その平坦な感情はその後もまるで変わらなかった。僕はただ、仲の良い女友達との楽しげな会話を周囲に対して演じているだけのような気分だった。
友人の西崎に相談すると、
「お前、何が不満なの?」と言われ、
「いや、特に不満はないんだけど」
と答えるしかなかった。自分でもよくわからないのだ。不満なんかないし、朝美は良い娘だし、嫌いではない。
このまま放っておいても、事態はなんだかいい感じのまま付き合いの形だけが出来上がって行くような、漠然とした不安のようなものが僕の中で大きなってくだけだ。

だから、三回目のデートの帰り道、太陽が殆ど落ちてしまった薄暗がりの外灯の列に沿って歩きながら、なにか解決策を探ろうという気持ちから、拙い言葉を僕は弄する事になった。
「今日は楽しかった?」
「うん。とっても」
「なんか、いつも朝美に誘われちゃってるよね」
「そうだね。たまには誘ってよ」
「ああ、考えとくよ」
「無理しなくても良いよ」
「?」
「苦手でしょ、女に気を使ったりするの」
「まあ、得意とは言えないけど。努力はしてる」
「大丈夫。あんまりそんなに求めてないから」
やっぱり何か引っかかる。
「なんで僕を誘ったの?」
「無害そうだからかな」
「特に好きじゃなかった?」
「そんなことないよ」
彼女が思っていた程には僕の事を好きじゃないのかも知れないと思って、僕はなぜか胸を撫で下ろした。
「正直に言うけど、僕はあまりまだ気持ちが固まってないんだ」
「だろうと思った」
朝美はけろりとして言った。
「でもね。断言するけど、一年経ったら私たち、うまく行くよ。間違いないから」
「一年経ったら?」
「そう。一年経ったら」
「一年経たないと分からないの?」
「あなたと私はそういう運命なのよ。信じなさい」
予想外の展開に、僕は何を言ったら良いのかも分からなくなってしまった。そんな僕の顔を見て、朝美は言葉を続けた。
「でも、意外と良いペースよ。この展開は私の予想より二ヶ月は早いもの」
「そうなの?」
「軌道修正しなきゃね。だから、打ち明けるけど、私本当は高校で二年ダブってるから二つ上なの。黙っててごめんね」
僕はだんだん何がなんだか分からなくなって来た。
「それって…」
「みんなには内緒よ。二人だけの秘密だからね」
と言って朝美は満足そうな顔をした。

疑問はまだたくさん残っているものの、僕と朝美の付き合いは続いている。
そしてもうすぐ一年が経つ。
その後朝美がどんな計画を立てているのか、僕はいつの間にか楽しみに待っているのだ。

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