2007年9月28日金曜日

時計の誤差

私は時計師。
私の作る時計は完全な私のオリジナルだ。
時計の針が回転する仕組みを一から考え直し、一つ一つの歯車から文字盤のデザインに至るまで、全てが私の手作りなのだ。
物心ついた頃から時計が好きで、分解しては組み立て、また分解しては組み立て、あらゆる時計の構造を独自に学んで来た。
そしていつしか世界に一つだけの時計を作る人間になる事を心に決めたのだ。
私は長年の間研究を重ね、ついにオリジナルの時計を完成させた。初めそれは14型のブラウン管TVとほとんど同じ大きさだったが、そこからさらに改良を加え、今ではなんとか腕に巻いて使える程の大きさにまで小型化を進める事が出来たのだ。
しかし、ここまでやって、問題が発生してしまった。

私の作った時計は一日につき6秒の狂いを生じるのだ。
これは現代の時計の基準としては到底見過ごす事の出来ない誤差である。
私の時計には、どこかに私の気付かない欠点があるということだ。
構造にミスが無いか、何度も計算を繰り返したが、理論上の間違いは無いはずだった。
ならば部品が悪いのかと思い、分解して一つ一つ精度を確かめていったが、どれも設計から寸分の狂いも無かった。
私は6秒の狂いを生じる原因を見出す事が出来ず、毎日毎晩人知れず、出口の見えない迷路を彷徨い続けた。
そしてある日、私は一人のねじ師に出会った。

ねじ師はどこからか私の時計の話を聞きつけて来たらしく、私の顔を見るなりうんうんと頷いて、「分かっているよ」と言う顔をした。
「あなたの時計の噂はもう業界中の話題ですよ」
「そんな大げさな」
「いや、謙遜には及びません。私の技術が少しでも助けになればと思ってやって来たのです」
ねじ師はそう言って、さっそく時計の組み立てに着手した。
私は彼に設計の解説をしながら、一緒に組み立てを手伝った。
そして驚いた事に彼が組み立てを手伝ってくれたおかげで一日の誤差が2秒にまで減ったのだ。
私は彼の技術に感謝した。
「素晴らしい事です。どうやらこの時計は私一人では不完全と言う事ですね。あなたのねじ回しの技術で、これからも一緒にやりませんか」
「もちろんです。私が力になれるのであればいくらでも。しかし」
「ええ。あと2秒」
「また考えなければなりませんね。設計には問題ないとして、自分で言うのもなんですが、恐らく私以上のねじ師は少なくともこの国には存在しないでしょう。そうするといったい何が足りないのか」

二人が悩み続けていると、ある日一人の娼婦が訪ねて来た。
「愛が足りないのよ」
彼女は開口一番そう言い放ち、「私の愛は強烈よ」と続けた。
それに答えてねじ師は言った。
「わ、私には妻が居ます」
「そう、じゃあ、あなたにあげる」
彼女はそう言って私の胸にすらりと爪ののびた人差し指を突き付けた。
「何かの間違いではないですか」
「あら、あなたの時計を最初に手にする女は誰だ?って、結構噂になっているのよ。私、才能のある男が好きなの」
「しかし、まだ完全ではないんです」
「私はいいのよ。2秒ぐらい遅れてたって」
不思議な事に、彼女が強引に私の家に住みついてからしばらくすると、時計の誤差は1日につき1秒をきった。
私は、目に見えない力がこの世界に於いていかに重要な要素であるかと言う事を学んだ気がした。
おまけに彼女は料理洗濯片付け掃除と、あらゆる家事を完璧にこなし続けた。

それでも誤差は直らなかった。
私は更に、更に試行錯誤を繰り返し、同時に小型化も進め、一ヶ月に丁度1秒、と言う所まで誤差を縮める事が出来た。
その辺りで私は家に住みついた女と結婚し、誤差を残した時計を彼女にプレゼントした。
彼女は大変喜び、親兄弟や女友達や親戚達に彼女の腕時計を自慢して回った。
そしていつしか噂は更に広がり、私の時計は誤差があると言う事で人気が出て、売れに売れまくっているのだ。

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