2007年10月2日火曜日

明日になったら

俊平はもう一度小銭入れの中身を確かめてみたが、やはり結果は同じだった。
もうどうにも金がない。
小銭入れにふたをして振ってみれば、昔聞いたビスケットの歌みたいに一枚ずつ小銭が増えて行ってくれるのじゃないかと、何故だか思えてしまったのだが、そんな奇跡は起きるはずも無かった。何度振ってみてもそこには百円玉と十円玉と一円玉が一枚ずつ入っているだけで、その枚数はまったく変わらない。増えもしなければ減りもしない。
(減らないだけまだましか)
俊平は試しに財布の方を振ってみた。財布には小銭入れが付いていないから、余計に音がしない。何にも音がしないと小銭以上に何かが増えるという雰囲気が足りない気がした。そして中身を確かめて、やはり一枚のお札も入ってはいない事を再認識した。そんな結果が待っている事は当然分かっていても、俊平は軽い落胆を覚えて、財布を机の上に投げ出した。
俊平は自分の部屋の机の前で椅子をくるくる回転させながら、時が過ぎるのに身を任せていた。机の向こうにはカーテンを開け放したままの窓があって、夜の住宅街をひっそりと映し出していた。
俊平は小銭入れを気怠そうに振り続け、部屋の中には俊平の手の中で鳴る、金属の擦れ合ったりぶつかりあったりする音が響いていた。
机の上には投げ出されて開きっぱなしの財布と携帯電話が置いてあるだけだった。
俊平が椅子をくるくるくるくる回転させながら天井を見ていると、やにわに携帯の着信が鳴り始めた。俊平を呼んでいるのは友達のヒロトだった。
「明日暇?」
「なんで?」
「どっかいこうぜ」
「悪い。先約があるんだ」
「なんだよ、デートか?」
「まあ、そんなとこ」
「しょうがねえな、じゃ、またな」
通話は切れた。あっさりしたもんだ。
つまらない嘘をついてしまった、と俊平は思ったが、何となく金を借りて遊ぶ気がしなかった。
俊平はまた天井を眺めてくるくると回り始めた。
そろそろ首が痛くなってきたな、と思い始めた頃、また携帯が鳴った。今度はサオリだった。
「ちょっと、どういう事?」
「…なんで怒ってるの」
「浮気してるんでしょ」
「してないよ」
「嘘。さっきヒロトから聞いたんだから。明日デートだって?」
「ああ、あれ嘘だよ」
「嘘。なんでそんな嘘つく必要があるの」
「あいつと飲むと金かかるから」
「…お金無いの?」
「無い。一銭も無い」
「一銭も!?」
「ああ、今の嘘。百十一円だけある」
「それじゃ何も出来ないじゃん」
「缶コーヒーも買えないよ」
「…明日暇なの?」
「する事も無ければ出来る事も無い」
「しょうがないな。ご飯作りに行ってあげるよ」
「おお、助かる」
「まったく、世話の焼ける」
「サオリが居てくれて助かるよ」
「調子に乗るなよ。ご利用は計画的に」
電話は切れた。
明日は久しぶりにまともなものが食えると思うと、俊平は数日ぶりに落ち着いた気分になった。
それから先どうなるかという事が一瞬頭をよぎったが、まあそれは、明日になったら考えればいいことだ。

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