やはり消えてはいない。
あの奇妙な雲はいつになったら消えてくれるのだろうか?
絵美がそれに気付いたのはもう二週間も前の事だ。
初めのうちは大して気にも止めていなかった。日々の生活をこなしていると意外と毎日空を見る機会は無いものだ。
だが数日経って、それでもその雲がぴたりと空の一角から身動きもしない様を見て、絵美はそのときやっと異変に気付いた。
それからは毎日と言わず何かと空を観察するようになった。
どう考えても非常識だ。
形状は誰にでも馴染みのある形。小さな渦。
満潮と干潮が入れ替わる時の鳴門海峡みたいに、ほかの雲の隙間にその渦はある。
そう言えばこのところ、雲一つない空、と言うのを見ていない。皆はそれに気付いているだろうか?
大きさはたいした事ないのに、そのグレーの姿は何やら圧迫感があって、絵美は単純に嫌な感じだと思った。
お隣の奥さんと世間話をしている時に、ふと話題に出してみたら、そんなものは見えないと言う。
「あそこにある」
と指差してみたら、かなり怪訝な顔をされて
「だいじょうぶ?旦那さんとうまくいってないの?」
と、予想外の心配をされた。ほかの人にも確かめてみたが、誰も同じような反応で、絵美の疑問は深まるばかりだ。
どうやらあの雲が見えているのは自分だけらしい。
もしかしたら隣りの奥さんが心配しているように精神的な問題なのかも知れない。
でもわからない。
なぜ?
自分は今とても幸せな生活をしていると思う。
夫の愛情も十分すぎる程感じているし、ご近所の奥様達ともとてもいい関係を保てていて、後は子供が出来るのを待つばかり。
人生の中でこれほど完璧な時があっただろうかと何度も思うほどだ。
放っておけばその内消えてくれるのじゃないかと、こっそり空を見るけれど、その渦の形をした雲はやはりそこにある。
北極星のようにいつも同じ場所だ。方角が違うだけだ。
はやり夫に相談しようかと思うのだが、それも悩む。
夫はきっと心配してくれるだろう。そして私に起こった問題を解決しようと努力してくれるだろう。
しかしそれは違うのだ。問題は雲なのであって私ではない。
やはりできない。こんな完璧な生活を、私の些細な悩みで壊したくない。
それから私は誰にもこのことを言わず、もはや頭に焼き付いてしまった渦とともに日常の生活を平和に続けているのだ。
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