隣りの部屋の目覚まし時計で目が覚めた。時刻はぴったり七時。
「起きろー」
と、可愛い女性の声がする。
「起きなさい」じゃなく、「起きて」でもなく、「起きろー」と言う、高い声。ウルサくは感じない。むしろその声は柔らかくて、もっと聞いていたくなる。
まどろみの中、想像する。隣りの部屋は新婚夫婦で、朝起きて、おはようと言うだけで幸せになり、新しい一日が始まる。その後で交わす「いただきます」や「行ってきます」、そして「お帰りなさい」の一言を、笑顔で交わす毎日を過ごしているに違いない。
目覚まし時計の音が止む。
僕はほんの少しまどろみから抜け出し、隣人の幸福を借りて気持ちのいい朝を迎える。閉じたカーテンの隙間から、眩しさが部屋に染み込み、ワンルームの室内が色づいているのを、まだ眠りから覚め切っていない目で見渡すと、ようやく自分も(起きなければ)と思い始める。
ベッドから降りて、キッチンへ行き、お湯を沸かす。顔を洗い、手を荒い、トイレを済ませ、一度コンロの火を止めて、シャワーを浴びる。そうしながら体をほぐし、今日と言う日の準備を始めている。
一人暮らしで享受する自由、その代償としての寂しさ。
感傷は波に揺れるクラゲように訪れ、そのままどこかへ過ぎ去って行った。
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