2007年10月10日水曜日

光と影3

地面にへばりついた平面の僕は、その位置からでも見える限りの周囲の風景を見ようとさかんに視線を動かしてみた。
(それにしても、殺風景な場所だね。色もグレースケールだし)
「ここは光が失われてゆく場所だからね。仕方ない事だよ」
(ブラックホールがあるから?)
僕がそう言うと影は背後を指差して、
「あれのせいでこうなったというよりは、ここがこうだからあれがあると言った方がいいかもね」
(ひどく抽象的な物言いだな)
「僕だってそんなに世界を理解している訳じゃないんだ。うまく説明できない事の方が多いんだよ」
そう言って影は少しずつ移動を始めた。彼は歩き出したのだ。
僕の平面の体は完全に影の動きに呼応して、おそらく彼の背後の彼方にあるブラックホールを中心に旋回しながら移動する。そうやって見える世界はなんだか新鮮で、僕は胸の奥がタワシでこすられたみたいにざわざわと沸き立つのを感じた。
(どこへ行くんだい?)
「どこって…元に戻るんだよ」
(なんだい、えらく気が早いな。もうちょっとゆっくり出来ないのか)
「ここは本当は君が来ちゃいけない世界だ。僕もちょっと好奇心に負けて面白がってしまったけど、長居する場所じゃないんだよ」
(でも、僕は君の影でいるのも悪くないよ)
「いいか、忘れるなよ。君は僕の影なんかじゃない。君は光のままなんだ。この世界ではそれはとても危険な事なんだ」
(そうなのかい?)
「君の世界で、つまり光が主役の世界で、影が口をきいたりするかい?」
(普通はしゃべらない)
「だろう?今君がここでそうして口を開いてしゃべっているという事は、それと同じくらい異常なんだ」
(さっきから思ってたんだけど、君は説明がうまいな)
「のんきな事言ってる場合じゃない」
(他の影、いや、光か、ややこしいな。この世界で僕のような他の光はどうしてるんだ)
「色々さ。人の形をしているものもあれば、なんだか良く分からない抽象画みたいなのもいる。人の場合はみんな目を閉じて黙っているよ…しっ、静かに」
やにわに影はそう言って、人差し指を口に添えた、ように見えた。そして影のすぐ傍を別の影が通り過ぎて行った。そのもう一つの影はすれ違い様に僕を見た。それは影でしかなくても明らかに、見られた、と僕は感じたのだ。それはほんの一瞬の事だったけれど、背筋に冷たい氷を急に押し付けられたような、物騒な緊張感を持ち合わせた視線だった。僕は反射的に目を閉じたものの、それでごまかせたとは思えなかった。
(今のは、誰?)
「知らないよ。ただの通行人だ」
(なんだかひどくいやな雰囲気じゃなかったか?)
「異質なものを排除しようと言う精神はここでも同じなんだ。そして、君のいた世界よりずっと、その傾向は強い」
(僕は今、そんなに目立つのかな)
「気付かないのか?さっきから、ここで音を立てているのは僕らだけだ。光も音も、本来、君がいた世界のものなんだよ」
(ひょっとして、僕は君に迷惑をかけているのかな)
「そう言う訳じゃないけど、面倒は避けた方がいい」
(目を閉じて、黙っていた方が良いかい?)
「うん。悪いけど、僕が良いというまでしばらくそうしてくれないか」
(わかった)
僕が目を閉じると、影はさっきよりもスピードを上げて動き出したようだ。
そうしている間、僕は背中をなぞる地面の感触を味わっていた。

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