誰も見ていないと思って、僕は道の真ん中でステップを踏んだ。
靴音が廊下の壁に反響して小気味よい音を立てる。
車も、人も見当たらない、静寂の街角。
僕を邪魔するものは無く、次第に夢中になって行く。
本当に誰もいない。
嘘のように誰もいない。
奇跡のような時間帯。
毎日ここを歩いていると、ふとこんな時間が訪れる。
それは滅多に無い事だ。
まるで時間の流れからこの空間だけ切り取られてしまったように
今、ここには僕一人だ。
ステップは、速度を増す。
僕は静寂と一つになる。
意識はもう自分だけのものではなく、
その空間に広がるあらゆる精神的なものと結びつく。
靴音のリズム。
街角の波長。
喧噪はまだ遠く深い眠りに落ちたまま。
軽く始めたステップは、
更に更に速度を上げる。
僕はいつしかステップと一体になり
街と一体になり
静寂と空虚の中に溶け込んでいく。
思考は途切れ無意識が拡大する。
自分の中で何かが弾け飛んで行く。
僕は僕自身を失いそうな程、
その行為に没頭していく。
もう少し、もう少しで…
別の通りから車のクラクションが鳴り、
その破壊的な轟音は文字通り静寂を破り、
僕はステップをやめて歩き始めた。
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